田端 華子
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尊敬する黒澤明監督が私に「映画の善し悪しの大部分は編集にかかっている」と話してくれたことがある。
脚本、監督、編集を手がける黒澤監督は「編集している時が一番楽しい」とも語っていた。
それを聞いてからは、映画鑑賞の際は編集にも気を留めようと心がけているが、内容に夢中になってしまう質なので、なかなか難しい。黒澤監督は常々「映画は理屈で観ないで心で観てほしい」と語っているので、それはそれでいいのかなという思いもある。
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』の編集は一言で表現するなら「上品」である。奇をてらわず、シンプル。前半は心地よいテンポで、短いショットを繋いでいく。赤ん坊が幼児になり、学校に通うまでになる姿が、サクサクと描かれていく。その間に両親が共に聴覚障害者であるという事実も伝わってくる。吹きこぼれるナベの音も赤ん坊の泣き声も車のクラクションも聞こえない。不便だが、それでも温かな愛に包まれた家庭の様子が、無駄なく描かれていく。
少年が青年となり、母と息子の確執が生まれ、新たなドラマが生まれる頃には、まるで観客に感情移入をする時間を与えるかのように、短かったショットが少しずつ長くなっていく。上京することが決まった後の電車の中から見える景色、就職活動の前日に写される衣装ケースのクローズアップ等のシーンに「さあ、どうだ!」という気負いが全くなく、すべてがほどよいのだ。
フラッシュバック等の技法は一切使わず、ストーリーは時間軸にそってひたすらに進んでいく。このままエンディングを迎えるのかと思うと、最後の最後に長い回想シーンが、母と息子のかけがえのない時間を写し出す。
この映画の編集を担当した田端華子は1994年に大阪に生まれ、ハリウッドに渡り映像について学んだと聞く。映画を映画たらしめるための最後の仕上げ。これからも多くの名作の誕生に貢献してもらいたい。
(島 敏光)