甲斐 さやか
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まず、『徒花-ADABANA-』というタイトルがいい。「徒花」の語意──咲いても実を結ばない花=無駄な花から導かれるこの映画のメッセージは、実は語意とは逆で、決して無駄ではない生命の価値。それを、人間が自分のクローンを作り育てる世界をとおして描いている。
そもそもクローンという題材は、『アイランド』や『わたしを離さないで』、『アス』などでも使われているが、甲斐さやかがこの題材に着目したのはそれ以前、1996年に世界初の哺乳類のクローン「羊のドリー」が、スコットランドで作られたというニュース記事がきっかけだった。
当時、甲斐は10代後半。羊のドリーができるのであれば、人間も可能なのではないかと思考をめぐらせたという。そして、1枚のガラスを隔てて鏡を見るように、自分ともうひとりの自分が向かい合っている絵が浮かび、短いプロットを書き留めた。その1枚のガラスは、映画のなかで象徴的に描かれている。
井浦新の演じる主人公が、“それ(クローン)”と対峙することによってもたらされる心の変化の描き方もいい。セリフの一つ一つに重みと余韻がある。自分のクローンであるけれど、自分とは異なる存在と向き合うことで、人間とは何かを突き付けてくる、生きるとは何かを問いかけてくる。人間と自然、現実と記憶、幻想なのか夢なのか……さまざまな対比で不確かなものを映し出していく、その圧倒的な物語の力強さに驚嘆する。
映画のなかで、“それ”の保有が許される背景には、未知のウイルスの流行による人口激減がある。現実の世界でも、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが起き、また先進国では少子化が加速し、一部の恵まれた上層階級の人間とそうでない人間の格差も拡大している。“ここではない何処か”の物語と私たちの生きる現実世界が地続きになることで、映画を観たあともずっと考える、考えたくなる。そんなリアリティとオリジナリティを併せ持つこの脚本を評さずに何を評すのか。日本映画の可能性を広げてくれる、優れた脚本だった。
(新谷 里映)