河合 優実
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雰囲気がある女優だ。役が河合優実を主張するのではなく、顔や声といった彼女の個性は彼女が演じる人物の個性になる。入江悠監督・脚本作品『あんのこと』の中で河合は、過酷な環境から脱し、自分を変えたい、誰かを守りたいと願い、自分の魂の声を叶えようとした女性・杏(あん)を誠実に生きた。
タイトルカット後の場面から衝撃だった。「先に金だって!先、カ〜ネッ!」。覚醒剤を打ち、朦朧とした口調で、杏は売春客に金を要求する。クマがくっきり影を落とす顔。客の財布から金を取り出す手の動きも、警察で膝を抱えて椅子に座る姿も奇妙だ。河合はインタビューで「身体」という言葉をよく使うが、高校時代、ダンスから表現や創作の魅力を知った彼女にとって、身体と相談して役に息吹を吹き込むことは大切なプロセスなのだろう。
入江監督の新作に主演することは決まっていたが、どんな役でどんな脚本になるかは後から決まったそうだ。貧困、母親の暴力、売春、ドラッグ。だが、それだけではなかった杏の21年の人生。河合に迷いはなかった。杏にも、自分にも「大丈夫」と言い聞かせたという。
母親(河井青葉)は杏を殴り、蹴り、金を奪うだけでなく、杏の大事な物も壊す。やめようと努力していた覚醒剤を再び打ってしまう杏。杏にとって唯一の掴んだ藁だった刑事・多々羅(佐藤二朗)に「よーしよし、よし。大丈夫!」と抱き締められる場面。羞恥、悲しさ、惨めさ、薬の快楽、優しくされることへの戸惑い。全てが入り混じった感情が爆発するシーンには胸を打たれた。ラストに向かって、毒親から生まれても毒娘には育っていない杏の秘めた強さを河合は十分に理解していた。そして杏が歩いた光の部分をしっかり観客の心に刻んだ。
デビューして6年。2024年は河合優実の年、ともいわれるほどヒット作や良作が続いた。ますます彼女の世界は大きく広がり河合は進化していくだろう。河合優実の人生のその瞬間を『あんのこと』に残してくれたことに感謝したい。
(安田 佑子)